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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)558号 判決 1967年7月15日

主文

(一)  被控訴人岡田チエ子及び同岡田彰に対する本件控訴は、これを棄却する。

(二)  右当事者間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

(三)  原判決中被控訴人松本好美に関する部分を、左のとおり変更する。

(イ)  控訴人は被控訴人松本好美に対し金六二、七一九円及びこれに対する昭和三七年九月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(ロ)  被控訴人松本好美のその余の請求は、これを棄却する。

(四)  訴訟費用のうち右当事者間に生じた部分は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余はこれを被控訴人松本好美の負担とする。

(五)  この判決第三項の(イ)は、被控訴人松本好美が金二〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

事実関係につき控訴代理人において、

本件踏切に設置せられた警報機は本件事故当時完全に作動していてその機能には何等の瑕疵がなかつたのであるから、被控訴人等が本件踏切における控訴人の設備に不十分なものがあるとし、その過失を理由として、本件事故に因る損害の賠償を求めるのであれば格別、本来無過失賠償責任を定めた民法第七一七条を理由とする被控訴人等の本訴請求は失当である。

と述べ、被控訴代理人において、

控訴人の右陳述中被控訴人等主張に反する部分は否認する。

と述べた。証拠関係〔略〕

理由

当裁判所は、被控訴人岡田チエ子の本訴請求中控訴人に対し金一、二〇四六五二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日なる昭和三七年九月七日以降支払済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、同岡田彰の本訴請求中控訴人に対し金二、三二八、七〇五円を及びこれに対する前同日以降支払済に至る迄の前同損害金の支払を求める部分を、いずれも正当とし、また被控訴人松本好美の本訴請求についても、控訴人が民法第七一七条により、本件事故によつて同被控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務があり、その物的損害の額が金一二七、一九五円であり、その賠償額については、同被控訴人に重大な過失といいうる業務上の過失があつたから、これを斟酌してこれを定むべきものとするのであつて、その理由は、本件事故当時本件踏切には廃止された遮断機が撤去されないで残存していたとする部分を削除し、左の点を附加訂正するほか、原判決理由の示すとおりであるから、これをここに引用する。右認定に牴触する当審証人北村大助の供述部分は措信しない。

一  原判決理由第二のうち、挙示の証拠中から甲第一号証を削除し、それに当審検証の結果を加え、「約三・五メートルの地点」(原判決理由三枚目表第一行)とあるのを、「約三・六五メートル南の地点」と訂正し、同三枚目裏第三行「本件踏切」から四枚目表第一行「三三、〇八八」までを、「昭和三六年四月一日第一種(遮断機を設け警手を配置する)であつた本件踏切を第三種(警報機のみを設置する)に変更したこと、昭和三四年一〇月ごろ、被告(控訴人)が本件踏切の交通量について調査したところによると、歩行者を1自転車を2荷車・牛馬車を3小型自動車を10それ以外の自動車を30として算出した総交通換算量は三三、〇四八」と、同五枚目裏第九行「もし本件踏切」以下同第一一行「ならば」までを、「もし本件踏切に少くとも自動遮断機の設備がしてあつたならば」と、訂正する。

二  〔証拠略〕によれば、本件踏切に設置されていた遮断機はその廃止とともに撤去せられ、本件事故当時には残存していなかつたことが認められる(〔証拠略〕に徴すれば、真実に符合しないことが明らかであるから、これを採用することはできない。)

同理由一〇枚目表第一一行の、「まだ遮断機が作動し」から裏第二行の、「認められる。」までを、「従前この踏切を通過した記憶により未だに遮断機の設備があり、警手が配置せられているものと思い込み、遮断機が閉じられていなければ列車は来ないものと軽信し、踏切直前で一旦停車し、軌道上の見通しが悪いため更に徐行し自動車の前部を踏切内に乗り入れた過失によつて、折から進行してきた列車と衝突し、本件事故を起したことが認められる。〔証拠略〕に記載された被控訴人松本の供述中右認定に反する部分は真実に合致せぬものと思料される。」

と附加訂正する。

以上訂正削除の事実を斟酌しても本件踏切に瑕疵があつたため前記事故が発生したのであり、従つて控訴人に本件損害賠償義務ありとする前記判断に変更を来すものではない。

三  (控訴人の当審陳述に対する判断等)被控訴人等の本訴は、控訴人が鉄道事業の経営を主たる業務とし、それが道路交通の安全性に対する危険度の高いものであり、その安全を確保する設備をすべきであるのに本件踏切の設備が不十分であつたため本件事故の発生を見たのであるとして、これによる損害の賠償を求めるものである。控訴人の鉄道事業の運行が当然に一般公衆の交通に危険をもたらすものであることは勿論であつて、その企業設備である軌道の設置には、それに伴う道路交通の安全確保が期待できる設備をするのが当然であり(もとよりこのことは企業の採算性を全く度外視する趣旨ではなく、或る程度はそれとの調和を計りつつ実現すべきであるが)、この観点から軌道設備と不可分一体の関係にある踏切設備の不十分であることは、これを包括的にみて、その設備が完全に機能していても尚交通の安全を確保する機能を果しえないものである以上、工作物の設置自体に瑕疵ありというべきであるから、控訴人の主張は右と異る見解に立つものであり、これを採用することはできない。なお、本件事故は既に説明のとおり被控訴人松本の重大な業務上の過失にも基因するのではあるけれども、控訴人の右設備不十分が本件事故との間に因果関係なしといいえない以上、本件事故により控訴人の蒙つた損害の賠償を被控訴人松本に求めることは格別として、控訴人も被控訴人松本の蒙つた損害につき賠償の責を免れえない。

そうして、本件事故が被控訴人松本の過失にも基因すること前記のとおりであり、その過失は、極めて重大であるから、これをその損害の賠償額に斟酌するときは、その減額の程度を九割とするのが相当であり、従て控訴人の賠償すべき右被控訴人の物的損害の額は金一二、七一九円となる。

次に、右被控訴人の本件事故による受傷は前記のとおり重大であり、これに、〔証拠略〕により認めうる、同被控訴人が本件事故当時失職中であり、妻が二人の子供をかかえてバー勤めをしている事実、同被控訴人の前記重大な過失その他本件における総ての事情を綜合して考えると、同被控訴人の本件事故による精神上の苦痛に対する慰籍料額は金五〇、〇〇〇円を以て相当とする。

してみると、被控訴人松本の本訴請求は、そのうち金六二、七一九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日なること記録上明らかな昭和三七年九月七日以降支払済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却すべきものである。

以上説明のとおりであるから、原判決中被控訴人岡田チエ子及び同岡田彰の請求に関する部分は相当であつて右両被控訴人に対する本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、被控訴人松本好美の請求に関する部分はそのうち右認容すべき限度を超えて認容した部分が不当であるから、同被控訴人に対する本件控訴は一部理由があり、原判決中右請求に関する部分にはこれを変更すべきものである。

よつて、民事訴訟法第三八四条第三八六条第九五条第八九条第九六条第九二条第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

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